杉森 弘明先生

杉森 弘明先生

名古屋中央支部に所属する先生方にインタビューするこの企画。第27回目は、東区にある「司法書士 杉森オフィス」の杉森 弘明先生のインタビューです。

 

ーー前職について教えてください

 

群馬県の大学を卒業して、名古屋に本社のある商社に営業として入社しました。当時は今のような働き方改革などのない時代だったので、朝から晩まで当たり前のように働いていましたね。

 

結婚して子どもが生まれても国内外へ出張で出向いてばかりで、家にいないのは当たり前でした。そうして10年くらい働いたとき、ふと「このままじゃダメだ」と退職を決意したんです。

 

先日、娘にふと「小さい頃のお父さんとの思い出は、空港に出張の迎えに行ったことくらい」と言われてしまい、かなり堪えましたね(苦笑)

 

ーー司法書士を目指したきっかけはなんですか?

 

子どもの頃から正義感が強く、警察官になりたいという思いがありました。もともと曲がったことが嫌いで、法律に触れる仕事にも興味があったので、どうせやるなら…と司法書士を目指すことにしました。

 

 

ーー試験までの道のりを教えてください

 

収入がなくなってはいけないので、受験勉強の時間が確保できる営業の仕事に転職しました。もともと営業職だったこともあって、達成目標はしっかりと確保しながら勉強することができました。

 

1年目は予備校で1日2〜3時間勉強するというスケジュールでしたが、まずは法律用語から学ぶ必要があるので苦戦しましたね。最初に受けた試験では、出てくる言葉がわからないというレベルからのスタートでした。

 

結局、受験回数は10回。誰よりもたくさん落ちてつらく悲しい受験生活でしたが、商社を辞めるときに「絶対に司法書士になる!」と周りに豪語していたので、諦めるという選択肢はありませんでした。

 

ーー受験勉強や試験でのエピソードについて

 

10回分の成績表はすべて手元に残しています。1年目は、択一試験は午前21点で午後が17点(35点満点)。2年目は23点と19点、その後も1年で数点ずつの微増なんです。

 

 

そんななか一番挫折したのが5年目です。手ごたえがあったものの掲示板に番号はありませんでした。目の前が真っ暗になって初めて道端で泣きました。後日郵送された試験結果は、択一試験は29点と30点、足切りもクリアして記述式へと進んだものの、その年は265点満点中211.5点が合格のところ…私は211点。

 

たった0.5点。だからって翌年受かる保証もなく、次の年からも足切りの年が続きました。やっと記述式に進んでも1点差で不合格の年もありました。ちなみに模擬試験の成績はずっと良く、全国でベスト10位以内の常連でした。まさにプロ受験生ですよね。

 

そして10年目に、2万9379人中159位でやっと合格です。試験中は、これまで感じていた不協和音がなく、解いている最中に「受かったな」と感覚でわかりました。インターネットで番号を確認したときは腰が抜けましたよ。「やっと終わった」って自宅で号泣しました。この1勝9敗の書類たちは私の敗戦記録そのものです。

 

ーー受験中のご家族や周りの反応はいかがでしたか?

 

受験中、妻は何も言いませんでした。本当に辛かったと思うし、申し訳なかったですね。10年間は勉強と並行して営業の仕事を続けていたので、もしかしたら私のなかで「お給料はちゃんと稼いで家族を養っている」という油断があったのかもしれません。

 

ただ、商社時代とは違って家にいられる時間は多かったので、子どもの行事ごとにはたくさん参加できました。辛く悲しい受験でしたが、家族の支えのおかげで合格できたと感謝しています。

 

 

ーー合格後について

 

平成24年に合格して、研修として名古屋リーガルオフィス(東区)に配属となりました。師匠である出田真太郎先生とは子どもの年齢や家族構成なども同じでしたが、出田先生はすでにベテラン司法書士で僕は新人。「この差を埋めよう、絶対に追いつこう」と、めちゃくちゃ働きました。出田先生にはいまだ追いつきませんが、今でも私の目標とする師匠です。

 

そして平成25年に事務所を開業。最初は自分でチラシを制作して、何万枚とポスティングをして回りました。また、これまで営業経験を活かして企業挨拶に行ったり、異業種交流会などにも顔を出したりしましたね。3年くらいは人脈づくりに励んで、ご縁がつながっていきました。

 

2023年は開業10周年になりますので、開業時期が同じ同期とお祝いをしたいなと思っています。

 

ーー司法書士のやりがいや印象深いエピソードは?

 

財産管理や成年後見に力を入れているのですが、以前、被後見人の老年女性が相談中に目の前で倒れ、救急搬送先に付き添ったことがあります。医師からCT画像を見せられて「脳出血を起こしていて意識が戻ることはない」と言われたときには、初めて他人のことで涙が流れました。

 

司法書士の仕事は、時に人の人生に深く入り込むことがあり、とてつもない責任と同時にやりがいも感じています。人一倍苦労してつかんだ資格です。ずっと大切にしていきたい仕事です。

 

ーーポリシーや座右の銘を教えてください

 

「知恵を出せ、勇気を持て、スピード感を持って取り組め。」

商社時代に叩き込まれた格言を、今も胸に刻んでいます。

 

ーーオススメの本を教えてください

 

 

法律の本よりも教養の本が好きです。暇なときには高校の数学に関する本を読んでいます。高校生の娘のために買ったのに読んでくれないから(笑)

 

とてもわかりやすくて、自分が高校生の時にこの本があったらもっと成績が伸びていたなと思います。昔たどり着けなかった悔しい思いを今になって晴らしている感じですね。

 

ーー趣味はなんですか?

 

中学時代はサッカー、高校はテニス、大学は山岳、今は走ることが好きです。支部会のマラソンチームのメンバーと一緒に名城公園で走ったり、大会に参加したりしています。

 

 

特技は、初めて会った方でも20人程度なら名前をすぐ覚えられました。会社員時代の話ですが(笑)

 

ーー今後の目標は

 

財産管理業務は、命の次に大切なお金を預かる仕事です。とにかく「信用第一」で、現在も未来も使命を全うしたいと思っています。

 

杉森先生、ありがとうございました!

 

 

取材/テキスト ライターチームマムハイブ(https://mamhive.com)

 

インタビュアーより

10年間の受験や家族のこと、仕事への愛着についてお話してくださった杉森先生。現在は奥様とふたりで事務所を運営されています。10年間の受験や家族のこと、仕事への愛着についてお話してくださった杉森先生。現在は奥様とふたりで事務所を運営されています。豊富な人生経験と優しいお人柄、真摯な姿勢で、多くの方に寄り添うご提案をしていただける先生です。

 

※インタビューの内容は2022年12月取材時のものです。最新の状況は事務所に直接お問い合わせいただくか、司法書士名古屋中央支部へお問い合わせください。

 

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(希望者多数の場合、ご希望に沿えない場合もございますのでご了承ください。)

司法書士名 杉森 弘明先生
所属事務所 司法書士 杉森オフィス
住所 〒461-0011
名古屋市東区白壁一丁目45番地 白壁ビル4F
電話番号 052-684-6981
WEBアドレス http://sugimorioffice.blogspot.com/

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